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0027:生まれ変わりと転生の終わり

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         ◆◇◆ 生まれ変わりと転生の終わり ◆◇◆No.27
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テンプル・ビューティフルの光田菜穂子です。

 

ここのところ、私のもとにトラブル君と仕事の締め切りがまとめてやって来ています。私の友人が、「忙しい時に限って、不幸が一度に束になってやってくる」といってましたが、まさに今がそれ。まあどれも大きな問題ではないので、ボチボチやっています。

 

悩み事って横並びに並んでいると、あれもこれも!という感じで途方に暮れてしまいますが、とりあえず、仕事と問題を一列に並ばせて、1ヶずつを処理中。1ヶずつ終わらせていけば、いつかは終わりますからね。

 

しばらくメールを頂いても、お返事が遅くなったりするかと思いますが、どうぞご了承下さい。(もちろん、毎朝メールには全部、目を通していますよ!)

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今日の話題は、以前、テンプルで開催した森田健氏が取材に行かれたという「中国の生まれ変わりの村」の話しについて。

 

ご存じない方のために、少しご紹介すると、中国のある村の住民は、どういうわけか、その村だけで生まれ変わりを繰り返しているそうなんです。しかも、あの世に行くことなく、死んで魂が身体から抜け、そのまま道を歩いて、人の家の開けたら、次の瞬間生まれ変わってしまった、という位の、素早い生まれ変わり。

 

ですから、その村の人たちは、自分の今生の家族と、過去生での家族を同時に持つことに
なるんです。

 

しかも悪事を働いても自殺をしても、地獄や魂の懲罰もなく、そのまますんなり次の人生へ。

 

これって何ででしょうね。どんな悪事を働いても、地獄に行かなくて済むなら、ラッキー!でしょうか?

 

でも、その村の中でしか生まれ変われないとしたら、その村そのものが大きなカルマを抱えているような感じがしますよね。ゲーム盤の中には、真ん中の枠内に入ってしまうと「ある数字が出なければ出られない」っていうのがありますよね。その数字が出るまで、ずっと同じ円の中を回り続けなければならなくて、その数字をサイコロで出した人だけがサッサと円を抜け、ゴールに行くマスを進める。まさにそんな感じです。

 

映画にも、毎日、毎日同じ人生を繰り返し続けてしまう主人公の話がありました。

 

この村の人たちもなんか、この映画やゲームのようです。

 

話しは変わりますが、エドガー・ケイシーのリーディングに、たしか「ご褒美の人生」について述べていたものがあったと思います。(ケイシーリーディングじゃなかったら、ごめんなさい!) 

 

それによると、人は時には、神の恩寵により、痛みや辛さの少ない、人も羨むような幸せな人生を送ることがあると。

 

でも、これって魂の成長という観点からみると、いわば1回休憩というような人生で、死んだ後は「振り出しに戻る」そうなんです。

 

生まれて死ぬまで幸せに暮らし、とてもいい人として過ごせるということは、カルマの課題もないし、後世へのカルマを作らない。でもそのかわり、魂の学びもない。その人の魂の歴史からすると無かったに等しい人生。

 

全然レベルは違いますが、この生まれ変わりの村の方々も、魂の成長という観点からみると、大きな学びをしてその魂のサークルから抜け出すまで、死ぬたびに振り出しに戻っているのかなと思います。つまり何回人生を送っても、休憩状態。

 

もちろん悪人ばかりの村ではなく、ほとんどの人はつつましく暮らしていらっしゃるとは思うのですが、何か大いなる力が働いているような感じがします。

 

特に死んだあとで、あの世に行かずにそのまま生まれ変わってしまうらしいので、そうなると、あの世で神様と自分の人生を振り返ったり、次の人生の課題を決めることもなく、あるいは、あの世でさせられるという勉強も、惑星間滞在もないわけですから、そもそも、魂の成長をはかる基準が無いわけですしね。

 

私の好きなケイシー本に「転生の終焉」という本があります。この本には、エドガー・ケイシーが「今回の人生が終わったらもう地球に生まれ変わる必要はないほど魂が成長をしている」と述べた18人の人生について書かれています。

 

その中で特に私が感動したのは、常識では「不幸な人生」と思われている人生を送っている女性たちの話。私たちからすると、不幸としか思えないその人たちに対してケイシーは、おそらく次回、もう地球には生まれ変わってくる必要がないであろう、と述べているんです。1人に対しては、この人生は、大きな霊的進歩をするためにある人生であると。そしてもう1人に対しては、霊的には、低い段階から大きく進歩しているため、過失を小さく見、徳を大きくみようと・・・。

 

このメルマガを読まれている方のなかでも、苦しい時期を過ごされている方もいらっしゃると思います。あるいは、幸せとはとても言えない家族環境で育った方もいらっしゃるかもしれません。

 

でも、生まれた境遇がどうであれ、その時の状況がどうであれ、そのなかで精一杯人に尽くし、廻りに対し愛を持って接していれば、神様はその姿を絶対見逃されない。時に犯した過ちですら、見逃してくださるのです。

 

なんか励みになると思いません? 

 

だから、人の幸せを羨んでも仕方ありません。あまりに幸せすぎる人生も、ご褒美すぎて、あの世では「振り出しに戻って」いるかもしれませんし・・・・。悪事を働いたのに、すぐに次の人生に移れてラッキーと思えても、結局はエンドレステープの上を歩いているのかもしれません。

 

私たちは、それぞれ違った境遇に生まれ、違った人生を送ってはいます。辛いことがあっても、それは私たちの魂の成長に必要な課題みたいなものです。私の理想は、死んだときに神様に「良し!」って言われること。

 

お互い、太陽系惑星以外で魂の同窓会、開けるようになりたいですね!

 

転生の終焉」は薄くて読みやすい本です。どうすれば地球を卒業できるのか、知りたい方にはお勧め。

amazon書店からはこちらから

 

 

それではまた

 

(有)テンプルビューティフル メルマガ27号  2003年10月31日配信

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