エドガー・ケイシーを暮らしに活かす!ホリスティックの第一人者、Edgar Cayce専門サイトからあなたへ贈るメッセージ集

0201:ここに少し、あそこに少し

     ◆◇◆ ここに少し、あそこに少し ◆◇◆ 201号
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(有)テンプルビューティフルの光田菜穂子です。

 

今日は、またまたケイシーのリーディングをご紹介。
先週が食べ物についてだったので、今日は日々を生きる姿勢について。

 

これは「どうやったらカルマを克服できますか?」と聞いた男性に対しケイシーが答えたものです。

リーディングは、簡単な英単語で出来あがっているんですが、美しい日本語に変換するのはちょっと難しい。翻訳は微妙に意訳です・・・・。

 

Be WILLING to be led; not by SPIRITS, but by the SPIRIT of God - Good - Right!

訳:すすんで導かれるようになれ。ただし「そこらへんの霊」にではなく「神の聖霊に」である。神は・・常に善きものであり正しいものなのだ。

 

最初のSPIRITは複数のSPRITSになっており、2番めのSPIRITにはtheがついていますよね。それだけで、示される神の格が違ってきます。

 

思い返せば、私たちは、身近にいる、そこいら辺の霊の言葉に耳を傾けたりするくせに、神霊に導かれることは少ないかも。たとえば、江原啓之さんの番組でも、聞くのは守護霊や先祖霊の言葉であって、the SPIRIT(神)の言葉では無いですものね。それはそれで大切なことですが、やはり繋がりたいのは、神と、です。

それじゃあ、内なる声に耳を澄ませ、何かメッセージを受け取ったとして、それが複数形のSPRITSなのか、それともthe SPIRITのメッセージなのか、どうやったら分かるのでしょうか?

 

ケイシーは「自己をなくす」ということもよく言っています。

自分を神の使い手に徹しようとして受け取ったメッセージなのか。自分がたてた「霊的理想」を生きようとして受け取ったものなのか?

 

それとも、日々の欲望、物質的な欲望を満たそうとして受け取ったものなのか? それが、1つの判断基準になるように思います。

・・・ということは、そもそも自分の中に高い霊的理想が無いと、キツネやタヌキに導かれているのか、神に導かれているのかさえ、区別がつかないってことでもあります。

 

もちろん何か特別に言葉としてメッセージを受け取れなくても、自分の霊的理想に沿って生きようとしているのか、日々を我欲のまま生きようとしているのか。その姿勢からでも、自分が行こうとしている向こう側に何があるのかが推測される、というものです。

さらに、ケイシーはこう続けています。

 

Put into practice day by day that as IS known. Not some great deed or act, or speech, but line upon line, precept upon precept, here a little, there a little.

訳:あなたがすでに知っていることを日々に実践しなさい。
何か偉大なことを成し遂げたり、偉大な行為をしようとか、素晴らしいことを言おうとするのではなく、ここに少し、あそこに少し、教訓に教訓を重ね、あなたがすべき正しいことを、毎日少しずつ行っていくのだ。257-78

※line upon lineというのは、おそらく聖書にあるような言葉を1行、1行、少しずつ実践する、といったニュアンスなんだと思います。

 

このline upon line, precept upon precept, here a little, there a littleって、ケイシーのリーディングにはたくさん出てきます。

 

ケイシーリーディングの英熟語試験を作ったなら、このフレーズは必ず「試験に出る英熟語」に入るでしょうね。(時々、使われる順番が違っています)↓
Again would it be repeated, - it is here a little, there a little, line upon line, precept upon precept.

 

おそらくケイシーが伝えたかったのは、自分は将来、凄くいいことを人々にするつもりだから、今日は何もしないっていう姿勢ではなく、今日できることは今日することが必要ってことなんだと思います。

よく「私は宝くじに当たったら恵まれない子供達に寄付をしようと思っている」っていう人がいますよね。でも、いいことをするのに条件づけをしているかぎり、その日は永遠に来ないです。

 

また、よく熟年離婚をされた男性が、定年退職したら、妻を旅行に連れて行こうと思っていたのに・・・なんて後悔してますが、将来、まとめて妻に優しくしようと思っていても、今日優しくないなら意味無いですよねえ。 

 

「たら」を、今日、自分が何もしない言い訳に使わない。
昔読んだ田辺聖子の小説では主人公が「・・・したら」って仮定法で話をするたび、廻りの人が「タラは北海道!」と叫んでいました。

 

誰かのせりふではないですが、「小さなことからコツコツと」
今日少し、明日少し。ここで少し、あそこで少し。

もし「・・・したら・・・これをするのに」というセリフを言いそうになったら、叫んでください「タラは北海道!」って。

 

これが霊的に向上する秘訣のようです。

 

それではまた!

 

(有)テンプルビューティフル メルマガ201号 2007年6月28日配信

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