エドガー・ケイシーを暮らしに活かす!ホリスティックの第一人者、Edgar Cayce専門サイトからあなたへ贈るメッセージ集

0052:嘲笑の罪

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           ◆◇◆ 嘲笑の罪 ◆◇◆ 52号
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テンプル・ビューティフルの光田菜穂子です。

 

最近は、もうあまり話題にならなくなりましたが、イラクのアブグレイブ刑務所であった虐待のニュースに心を痛められた方も多いのではないかと思います。私もあの写真にはひどくショックを受け、ニュースが流れるたびに吐きそうでした。

 

その刑務所では、もともとフセイン時代に残虐な行為が多くあったそうですね。その残虐な波動が、普段の生活では顔を出すことがない人間の邪悪な部分を、増幅させてしまったんでしょうか? それとも、そういう場所で働くことになったのは、同じような波動が引き寄せたのでしょうか?

あるニュースでイラクの人が言っていましたが、イスラムの人は、たとえ夫婦間であってもあまり人前で裸になることはないそうですね。そういったイラクの人たちを辱めて記念写真を撮るという行為。ニュースで見せられた私たちにも、心の奥底にズーンと重いものを乗せられたような感じでした。

私はケイシーのあるリーディングを思い出していました。

 

エドガー・ケイシーのリーディングについて書かれた本の中でも、最も有名な本といえる「転生の秘密」に「嘲笑の罪」とカテゴライズされたカルマがあるのをご存じでしょうか。(第5章です)

そこに、何例か、過去生で、人を嘲笑したことによって身体が不自由になってしまった人たちの話しが紹介されています。

 

36歳のときに小児麻痺で歩行不能となった女性へ・・・

 

「この人は(ローマ時代)、闘技場で足が悪くなったものに嘲笑をあびせかけた」

 

生後6ヶ月で小児麻痺で身体が不自由になった女性には・・・

 

「この人は(ローマ時代)人間と人間との闘い、人間と猛獣との闘いを特等席で眺めた。現在彼女が受けている肉体的苦悩の大部分は、当時、命がけで戦う人々の悲惨な状態を見て笑ったその嘲笑に原因がある」

 

16歳のときに交通事故で半身不随となった男性へ取られたリーディングでは、彼が半身不随の身となったそもそもの原因は、約2000年前に彼がローマ軍の兵士だったときにあると述べられています。

ここで、そのリーディングの訳をご紹介したいと思います。

 

「彼は、闘技場に入れられたキリストの教えに忠実なクリスチャンたちの苦しみを見て得意になった。彼は闘技場で戦い、彼がそこで対戦した多くの人々が、後に猛獣と戦うのを見物した。この人は多くの苦しみを眺め、それをものの数ともしなかった。それゆえ、この人は現在、自分自身の中に苦しみを経験し、それを軽んじなければならないのだ。その当時、彼があざ笑った神への忠誠が、自分の犯した罪をつぐなうために、彼自身のなかに生まれなければならない」

 

つまりここでご紹介した3名の方々は、人々が苦しむのを見て楽しんだり笑ったりしたことへの罪を、2000年後、身体が不自由になることで償わなければならないとケイシーに言われました。

なんだか、同じようなことが目の前で起こりつつあるような錯覚がおきませんか?

おそらく当時、ローマの多くの人々が同じように競技場で、人々が猛獣に食い殺されるのを見たのでしょう。ですから、そこにいた人には、みな同じようなカルマが生じただろう、とか、身体が不自由になった人は過去、同じようなことをしたんだ、とは、決して思わないで頂きたいのですが、人の尊厳を低くめる、人の苦しんでいるのを見て笑うという行為は、私たちの想像する以上に、霊的な傷を、人にも自分にも負わせているのだとリーディングは私たちに教えてくれます。

しかも、そのカルマが顔を出したのが、2000年後なんですから。

 

どうかあのイラクの人たちとアメリカ兵に、神の恩寵がありますように!

 

・・・実は、ここまで読まれて終わりになると、カルマは神から受ける天罰のような印象がありますが、最後に、大ドンデン返しがあります。

半身不随になった青年へのリーディングで、ケイシーはこう付け加えています。

 

「彼は人々にとって祝福となるだろう。・・・彼は、神がその目的と願いをごらんになり、他の人々が希望の光を見つけられるよう自らを人々への奉仕として、希望として、差し出したのである」

残念ながら、彼が交通事故で半身不随の身となってそもそもの原因は、2000年前のローマ時代に犯した罪に遡るのですが、それは罰を受けているのではなく、自分の身をもって、廻りの人が希望を持てるよう、光を見つけられるよう、自らを奉仕として差し出した、ということなんです。

私の好きなカルマを説明する言葉にこういうのがあります。

「金属が炉で熱せられるのは、金属が間違いを犯して、それを罰するために焼かれるのではない。それは、金属の性質を改善するためにされるのだ」

 

人々を嘲笑ったという罪に、彼は2000年かけて償う準備をし、そして2000年後、不自由な体を通して、廻りの人々にいたわりや愛を伝えるという償いで返したんです。そして、実際、彼は自分のハンディキャップをものともせず、人々に希望を与える素晴らしい人になったそうですよ。

 

※どうしてそれ以前の人生で、この嘲笑のカルマを返さなかったか、については、「転生の秘密」の第7章(停止中のカルマ)に説明されています。簡単に言えば、それ以前の人生では、そのカルマを返せるほど魂が成長できていなかった・・・。

 

目には目を、歯には歯を、というハムラビ法典(なつかし~!)とは違う宇宙の法則、カルマの働きをここで見るようです。

イラクの兵士の話から、話が移行してしまいましたが、人の尊厳を低めること、人の苦しみを笑うこと、もしかしたら、それは2000年間、魂が準備をしないと返せないくらいの深い罪なのかもしれません。

転生の秘密」は、とっっっってもいい本なので、もしまだ読んでない方がいらしたら、ぜひ読んでみて下さい

私もこのメルマガを書くために、また読み返しましたが、何度読んでもいい本ですよ。

 

アマゾン書店からはこちら

 

転生とカルマの法則について学べるDVDもどうぞ。

 

 

それではまた

 

(有)テンプルビューティフル メルマガ52号 2004年5月28日配信

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