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0366:愛ある看護が癒しをもたらす

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      ◆◇◆ 愛ある看護が癒しをもたらす ◆◇◆ 366号
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(有)テンプルビューティフルの光田菜央子です。


ケイシーのリーディングをひもといていると、病気になった患者本人に対して何か
肉体的なアプローチを行うことより、その患者のお世話をしている家族や廻りの人の
「心や魂のあり様」が大切である、と述べたものをいくつか見ることがあります。


バージニアビーチでケイシー療法を指導されているデビッド・マクミラン氏は、以前
来日されたとき、こんなお話をされていました。

「パーキンソン氏病やALSといった難病、統合失調症やアルツハイマーなどの疾患
でウエットセルといった特殊なケイシー療法を実践したいと望む方には、まずご家族
や看護の方々とじっくり話をして、そのご家族の方々が精神的に安定しているか、
ケイシー療法に深い理解や信頼があるか、患者に深い愛や同情心があるか、あるいは
信仰心があるかどうかをチェックする。それ無しに治療をスタートすると癒しを起こ
すことがとても難しくなるし、時間がかかる。

癒しを引き起こすためには、廻りの人たちの心の態度がとても重要なのだ。

そのため、必要であればご家族にセミナーに参加してもらい、癒しとは何かを考えて
もらうこともある」


ホリスティック医学の視点からいうと、現在闘病中の家族や友人に早く元気になって
もらいたいと願っているなら、その患者さんが「何をすべきか」ということと同じく
らい、その患者さんと接する「私」がどういう心的態度でいるのか、ということが
とても大事になってくる、ということになります。


これは、なかなか大変なことで、極端なことを云えば、
「**さんが病気になったのは、**さんの何が悪かったのでしょうか?」といった
第三者の視点から、
「**さんが病気になったのは、私の何が悪かったのでしょうか?」といった、私を
軸にした視点に変わってきます。これは、ハワイのヒューレン博士が提唱されている
ホ・オポノポノによく似ています。


ケイシー・リーディングにはこうあります。

「われわれの見るところ、ここで必要とされているものは、物質的または肉体的治療
法というよりもむしろ、この人を取り巻く者たちによる介護と配慮である。

(中略)

この患者を取り巻く者たちや知人をとおして、または彼の御方(※イエス)によって
与えられた「互いに愛し合う」ということを純粋に実践し、表したいと思っている者
たち、その能力を持つ者たちをとおして(この人に)目覚めが生じれば、それが今回
この人に、より好ましい肉体、精神、霊的諸力をもたらし得る影響力、力となる。

それ故、介護する者たちよ、あらゆる努力を尽くし、それを今回この人の経験の中に
引き起こそうではないか」1835-1



次の統合失調症の患者へのリーディングでは、整骨療法の必要性や栄養不足を指摘
しつつも、廻りの愛にあふれた看護や環境が重要であることを指摘しました。

「さて我々のみるところ――環境を変えたうえで――もし真理の霊、助け、優しさ、
親切さ、忍耐の果実が適用されるのであれば、この体に助けがもたらされるかもしれ
ない」

「同胞への愛、または祈りを備えていない者にこの体を介護させてはいけない。」

Q「勧められる環境は何処ですか?  これらの指示はどこで順守できるのでしょうか?」   
A「すでに示したように、介護、付添人が常に見出せる場所。そして愛に溢れる
場所。(このような)恐ろしい場所ではいけない」

そしてこのリーディングの最後にケイシーは、この統合失調症の患者を看護する人
は、その努力が報われること、努力のし甲斐があることをつけ加えています。

「この人を、いわばこの世とあの世の境からつれ戻すことができた者たちは、自らの
人生でこの魂の美しさ、創造的な影響力であるその才能を享受することだろう。
それはすべての努力と愛と優しさを捧げるだけの価値がある 」1789-1



時には医師よりも看護士のほうが患者にとって必要であるとも述べています。

「(この人には)必ずしも内科医は必要ない。むしろ、同胞に対する愛と、神への
崇敬の念、誠実さと真理への崇敬の念に溢れている人であれば良い。医者よりも看護
者が必要である」4100-1


「必ずしも熟練した看護婦が必要というわけではなく、クリスチャン、思いやりに
溢れたクリスチャンの看護婦で地に足のついた信仰を持っている人であれば良い。
熱狂的な信者ではなく、現実的で、自らの告白するところを実践している人である。
他の人のあり方に文句を言う人ではない」3662-1



リーディング番号3802のダウン症の2才の男の子は、かなり状態が悪かったようで、
ケイシーは肉体的な治療をこの子に施すことは、この子どもの苦しみを長引かせる
だけであると述べたあと、こう続けました。

「(この子どもに必要なのは)思いやりと愛と看護のみである。肉体が必要とする
ものを与えることで、肉体的にも精神的にも大きな安楽がこの子にはもたらされる。」

その愛ある看護はこの子どもに「別の肉体に再び宿ることの理由や目的が与えられる
だろう」。

そして「遠くない将来、この子どもはこの世を去るであろう」ということをケイシー
は伝えました。


これらのリーディングは、人は単に「肉体だけ」の存在ではなく、魂や心を持ち、
目には見えなくとも、魂や心の交流やケアを必要としていることを示唆しているよう
に思います。もしかしたら、肉体的な病が大きければ大きいほど、愛や優しさを求め
る気持ちや飢餓感が大きいのかもしれません。

機械的な、あるいは毎日のルーティンワークの作業のような介護や看護ではなく、
優しさのある介護が、いかに患者さんの癒しを引き起こす原動力になっているか。

・・・といっても、うわべだけの優しさはすぐに見破られてしまいますから、偽り
ない愛情で自分は相手に対しているか?と自問自答することになってしまいますが。



たとえ、患者さんが最終的に亡くなったとしても、愛ある看護はその人の魂を癒し、
そして、それはしっかり魂の記憶に刻み込まれていると知れば、これほど心強い
ことはありませんよね。



デビッド・マクミラン氏の「心と身体の繋がり」についての講演会CDはこちら

(有)テンプルビューティフル メルマガ366号 2010年10月29日配信

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