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0226:ずっとエジプトに行けなかったわけ

   ◆◇◆ ずっとエジプトに行けなかったワケ  ◆◇◆ 226号
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(有)テンプルビューティフルの光田菜穂子です。

 

行ってきました。はじめてのエジプト旅行。

直前まで風邪で寝込んでいましたが、げんきんなものでエジプトに着いたら、すっかり元気。エジプト旅行に行かせてくれたスタッフの皆、ありがとう!

声だけはずっとダミ声が続いてしまいましたが、十分、楽しんできました。

 

今回の旅は船井メディアが主催だったんですが、旅のテーマはエドガー・ケイシー!
兄がケイシーリーディングに基づくエジプト学の講師として同行していましたから、現地でたっぷりケイシー流の、壮大なエジプトの歴史に浸ってきました。

 

それと、驚くことに、36名の参加者の中に、なんとテンプルのお客さまが4人も! 
もう、悪いことは出来ないと(してないですが)、またまた反省です。

少しずつですが、旅日記をブログにアップしています(2008年1月のあたり)。

 

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お店の名前がテンプルビューティフル(この店名は、ケイシーが前世でエジプトに作ったクリニック兼、霊的向上のための寺院の名前に由来しています)。

 

さらに店長の私が、国籍不明の顔をしている(とよく言われる)ので、お客さまには当然のように、エジプトには何回行かれたんですか?とか、エジプトでは、いつの時代の前世があるんですか? なんて聞かれていたんですが、実に、今回が私にとってはじめてのエジプト旅行。
エジプトの前世にいたっては、全く知りません。

 

だからエジプトに行ったことがないっていうと、そっちのほうを驚かれることが多かったんですが、なんでエジプトにこれまで行けなかったのか、それをちょっと今回は書こうかなと思います(興味が無い人は、また来週~!)。

・・・実は、兄が一番最初にエジプトに行ったのは日本エドガー・ケイシーセンターを設立する前後の1993年。いまはARE(エドガー・ケイシー財団)の会長になったケビン・トデッシーと、エジプトいちのガイド、アハメッドさんが案内人という今では考えられないほどの豪華ツアーが企画されました。
何人の日本人が参加したか忘れてしまいましたが、それがはじめてのケイシーセンターとしてのツアーでした。

 

ギザの大ピラミッドをツアー参加者だけで貸し切って内部に入り、王の部屋で瞑想する、というのは当時、精神世界系のエジプトツアーではよく行われていましたが、もちろん、そのツアーでもそれが最大のウリ。

 

行きたいなあって思いつつ、当時私は会社を転職したばかり。長期休暇をもらえる立場でもなく、貯金も無かったので、なくなく東京でお留守番。

みんなの帰国を待っていました。

 

そんなある日の早朝、7時頃。

仕事に出かける前に書き上げたい手紙があったので、当時持っていた小型のワープロ(パソコンではなく、当時はワープロというものがあったんです。しかも画面には5行しか文章が映らないという代物!)を机の上に置きかえようと、何気なく持ち上げました。

 

その瞬間。

グキっという音とともに、私は重いギックリ腰に。

 

私はこのとき、はじめてギックリ腰になったんですが、まあ、大変。
さっきまで歩けたのに、突然、歩くこともハイハイも不能。動くと腰に強い痛み。
移動は全て両腕だけを使ったほふく前進。

 

ベッドにもあがれず、トイレにも行けず(便座は遙か上に見える)、洗面所も手が届かないので歯も磨けず、とにかく腰は痛いし、何もできない。

 

そんな、ぎっくり腰で身動きが取れなくなってしまっている時、まだ早朝7時半頃だったんですが、ケイシー仲間の友人から1本の電話がありました。

 

「朝、早くゴメンナサイ。実はね・・・・」と彼女が話し始めた内容に私は心の底から驚いてしまいました。

 

というのも・・・・。

 

当時、アメリカのAREで祈りと癒しと瞑想のグループを主宰していたメレディス・パーヤーさんからほんの数分前、突然、国際電話があり、こんなことを言われたそうなんです。

 

ちょうどその時間帯、アメリカは夕方。

 

「さっき、イスに座ってウトウトしていたとき、ナオコの夢を見た。
夢の中でナオコはエジプトにいた。だけど、エジプト観光中、暴漢に襲われて腰に大けがを負ってしまった。たしか、シゲルはいまエジプトにいるらしい。ナオコが一緒にいたら大変なことになっているかもしれない。すぐにエジプトに電話をして確認をしてほしい」と。

 

もちろん、私は東京にいましたから、無事です。

友人も「いや、ナオコは東京にいるから大丈夫よ」と言ってくれたらしいんですが、あまりにハッキリした夢だったので、やはり心配になって電話をくれた、というわけなんです。

 

私が元気な朝を迎えていたら、笑い話で終わったんですが、その電話をもらったまさにそのとき、私は、歩けないほどの腰の痛みで動けなくなっていたわけですから、衝撃度はかなり強いです。

これって何?

 

もしかして、今日っていう日は、私の運勢にとって「腰に大けがをする日」だったの? これは運命だったの???

 

エジプトにいたら「暴漢に襲われ大けが」

だけど、たまたま部屋の中にいたから「ギックリ腰」
東京にいてとしても、すでに、外出していたら交通事故???

 

それとも、私のギックリ腰が、単に彼女の夢の中で「暴漢に襲われた夢」に変換しただけ??
それとも、エジプトに行くことを選択していたら起こったかもしれない、パラレルワールドを彼女は見たの・・・?

私には、分かりません。

 

でも、起こるべきことは、どこにいても起こるのかもしれないなあ、とその時から思うようになりました。形は変わっても、それが「ピン」になるのか「キリ」になるのか。その違いだけ。

 

それが大事になるのか、小事で終わるのか、その振り幅は、その時の私たちの人生がどこにあるのかで変わってくるだけなのかもしれません。

とはいえ、こんなことがあってから、どうもエジプト旅行というと、パーヤーさんが見たという「私が現地で大けがをする」というビジョンが頭に浮かんで、なかなかお気楽な旅行気分にはなれませんでした。いま引き寄せの法則の本がたくさん出ていますが、そういうビジョンを心が持っている限り、そういう出来事を引き寄せてしまうかもしれませんし・・。

 

ピラミッドの内部に入って瞑想をするというだけでしたら、その後、山のようにいろんな会社が企画をたてていましたので、それが目的のツアーでしたら、いつでも好きな時に行けたんですが。。。

結局、そのときから、エジプトに行くまで15年もかかってしまいました。
直前、大風邪はひいてしまいましたけどね。

 

でも、あまりに風邪がつらく風邪を治すことに気持ちが集中して、パーヤーさんのビジョンを思い出す余裕も無かった、というのが良かったのかもしれませんね。

 

まあ、でも無事に帰国できて良かったです。ホント。
このホッとした気分は、飛行機が関空についたとき、しみじみ味わいました。

 

言葉は、長く長く、人の心を拘束する力があるってことでもありますね。
ようやく今回の旅行で、パーヤーさんの見た夢から解き放たれたような気がしています。

 

 

それでは、また!

 

(有)テンプルビューティフル メルマガ226号  2008年1月18日配信

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