エドガー・ケイシーを暮らしに活かす!ホリスティックの第一人者、Edgar Cayce専門サイトからあなたへ贈るメッセージ集

0202:100%の私であること

      ◆◇◆ 100%の自分であること ◆◇◆ 202号
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(有)テンプルビューティフルの光田菜穂子です。

 

1日遅れのメルマガ配信になってしまいました。

昨日までの3日間、福島で経営者セミナーに参加中してきました。

 

私の中にしみこんでいる「呑気な店長さん」というOSを「会社経営者」というOSに入れ替えるべく勉強中です。入れ替わったと実感できるようになるまでには、もう少し時間がかかりそうですが、新しいことを学ぶ楽しさをこの年になって感じています。

 

そして昨日はセミナーの帰りにちょっと寄り道して、デヴィッド・ヘルフゴットのピアノコンサートに行ってきました。映画「シャイン」のモデルになったピアニストだと言ったほうが分かりやすいかもしれないですね。

彼のピアノ。それは、それは素晴らしかったです。彼の前では、他のピアニストがモーツアルトの前のサリエリに思えてくるほどです。

 

ピョンピョン跳ねながら舞台に登場するし、演奏中も客席まで聞こえるくらいの声で一緒に歌っているし、演奏中、客席に話しかけるし、フツーではありえない行動が見られますが、彼のピアノは、弾く喜びに溢れ、これほど聞いていて、思わず笑みがこぼれ、幸せを感じた演奏会はかつてなかったほどです。

彼の演奏は1時間足らずですが、その1時間の演奏を聴くために、私は思わず、もう1回、演奏会のチケットを買ってしまいました。

 

あと数回東京で、そして神戸で1回彼の演奏会はあります。ご高齢ですし、あと何回、来日をすることができるか分からないので、今回、時間がある方はぜひ聞いてみてください。特に、これまでピアノの演奏なんて生で聞いたことが無いって方にはいいですよ~ クラッシックの常識が覆されるかも。

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実は昨日の朝、4時起きで、別のトピックでメルマガを書きかけていたんですが、デヴィッド・ヘルフゴットのピアノを聞いたら、別のことを書きたくなったので、今朝も、またまた4時起きです・・・・。

 

デヴィッド・ヘリフゴットは、実は長く精神を病んでいます。だから舞台上で彼がどんな奇行をするか予測ができない部分があります。

でも、感じるのは、彼はいつでも、100%デヴィッドであるっていうこと。

自分を取り繕ったり、別の自分を演じる必要もなく、瞬間、瞬間、すべてがデヴィッドだということ。舞台の上でピョンピョン跳びはねたいのは、そうしたい彼の気持ちがそのまんま身体に現れてしまったから。

 

おそらく、その純粋さも私たちに感動を与える要因の一つかもしれません。

さて、人は必ずペルソナ(社会的な仮面)をかぶっています。たとえば会社の中での自分の役職にあった仮面、家族の中で父親、母親でいるための仮面。

 

好きな彼氏の前では弱々しい女性という仮面をかぶっている人もいるのに、部活の中では頼れる先輩に、自宅では凶暴な女性になっている女子高生もいそうです。

その場、その場で人は必要だと思われる仮面をかぶって生きています。

 

特に男性は、家族の期待感、社会の期待感のなかで育つために、本当の自分を確立する前に仮面が何重にも出来てしまい、厚い仮面の下の、本当の自分の存在に気づかないまま生きている人が多いといわれています。

もちろん私にも、あります。

さて、私がこれまで出逢った方の中で、この人は素のままの自分で生きているなあと感じた人が3人います。

 

1人は死んでいく人の心理状態を研究し、「死ぬ瞬間」シリーズを著した著名な精神科医、エリザベス・キューブラーロス医学博士。

私は博士が亡くなる数年間に2度ほどお会いするチャンスがあったのですが、あれほど世界的な著名人でありながら、徹底して、素の「今の自分」でいる人は見たことがないと思うほど、強烈な印象が残りました。

お会いしている間、私は彼女を1度烈火のごとく怒らせたんですが(彼女のベッドの近くのポータブルトイレを横にずらした)、怒りをあれほどストレートに全身で表現できる人も凄いと思うほどでしたよ。

博士の自伝はこちら。

 

もう一人は、ロス博士の主治医でもあったグラディス・マクギャレイ医学博士

博士のことは、何度もメルマガに書きましたが、博士も著名な医師でありながら自分の気持ちや感情に素直に生きていらっしゃいます。
嫌な時には「嫌」って顔をしっかりされるし、嬉しいときには全身で嬉しいを表現される。そしてそういう博士の前にいると、素直な自分が自然と出てくる。そんな気持ちにさせる、正真正銘の癒しの人です。

 

もう一人は男性ですが、亡くなった「たま出版」の瓜谷社長も裏表が無い方だったと私は思います。誰と対しても態度が変わらず、誰に対しても温かい視線のある方でした。若い頃のご苦労が、心の温かさとなって表れている。そんな印象をいつも私は受けとっていました。

 

残念ながら、社会の枠組みの中で生きている私たちは、毎瞬、毎瞬を自分の心のままに生きていることはできないですよね。いま天気がいいから仕事を止めて遊びに行きたいっていうのは無理ですし、ムッとくることを言われても多少のほほえみを浮かべて、大人としての受け答えをしなければならない。

 

社会の中で3歳児のような行動はとってはいけない。それが常識です。

でも昨日のデヴィッドではありませんが、圧倒的に100%その人である人を前にすると、時には3歳児になってみるのも悪くないって思ってしまいました。

 

私は猫を飼っているんですが、猫のように甘えたいときには全身で甘えてみたり、怒ったときには全身で怒ってみたり、瞬間を生きていくのもありかもって感じました。

・・・すいません。今日はもうこれ以上、自分の考えをまとめたり推敲したりする時間がないので、途中までの書きっぱなしメルマガです。

 

まとまりのない文章で終わってしまいますが、
厚いペルソナを少しずつ剥がして、素のままの自分を、そのまま受け入れられる
自分でありたいと感じた夕べでした。

 

 

それではまた!

 

(有)テンプルビューティフル メルマガ202号  2007年7月5日配信

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