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0138:眠れる才能を目覚めさせろ!「右脳で描くワークショップ参加記」

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        ◆◇◆ 眠れる才能を目覚めさせろ! ◆◇◆ 138号
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テンプル・ビューティフルの光田菜穂子です。

 

絵を描くのが下手だった人が、ある朝、目が覚めたら、急に絵が上手に描けるようになっていたってこと、起こりえるって思います?

あり得ないですよねえ。魔法でもかけられないと・・・。

ところがそれが起こってしまったんですねえ。私の身に。しかもこの1週間以内に。

どんなことが起こったかは、まずは、ブログの3月24日分に載っけた私の「絵」を見てみて下さい。

○。。○。。○。。○。。○。。○。。○。。○。。○。。○。。○。。○。。

先週の金曜日まで、私は絵が下手クソでした。
本当に下手だったので、人前で絵を描くなんて、想像もできませんでした。

あまりに子どもっぽい絵しか描けないので、自分が描いた絵を人に見せるなんて、恥ずかしくて、とても出来なかったですし、それ以前に、最後に絵を描いたのが、いつかなんて、全く思い出せないくらいです。

 

おそらく高校2年の美術の授業以来、全く描いたことがなかったと思います。

子どもの頃から上手にスラスラと絵が描ける人が羨ましかったです。絵がうまく描けるようになりたいなあ、って、いつも漠然と思っていました。

でも、どうすればいいのか全く分かりませんでした。

 

ところが、ホンノ2週間前、以前、本を買ったことがある(すぐに、ギブアップしちゃいましたけど)5日間だけのアートのワークショップが東京で開催されているのを偶然知り、その偶然の勢いで、このクソ忙しい時期にもかかわらず、そのアートのクラスに申し込んでしまいました!

そのアートのクラスを知ることになった経緯も、複数の偶然が重なって起こったことなので、それだけで別のメルマガが書けそうです!


そして、その5日間で、私に奇跡が起きていました。

先週の金曜日、つまりちょうど1週間前に描いた私の絵を見て下さい。

あれが、かつての私の絵でした。まるで子どものイタズラ書きのような絵です。
でも、本人はいたってマジメ。ちゃんと描いたつもりです。

 

だから、絵を描くことに関して言えば、私は「絵を描くのが下手な人間だ」と思ってました。実際、客観的に見て、絵は下手でしたから、絵を描くのは嫌でしたし、できたら「したくない」行為の1つでした。(「絵」以外にも、コンプレックスは、まだまだたくさんありますが)

・・・でも、今現在の自己評価は違います。今の私の絵に対する自己評価は、「私は絵を描くのが好き。絵を描いている時間は楽しい!」です。


 

全然違うでしょう? 

 

小学校から感じていた、長い、長い、絵に対するコンプレックス(つまり、35年間も抱いていた)は、本当に一瞬で氷解してしまいました。おそらくワークショップ初日の夕方には、私は絵を描く楽しさを感じてたと思います。それどころか「なんだ。私って本当は、絵が上手だったんじゃん!」って、全く新しい評価が生まれてきていました。

 

朝、NEC 8001(25年くらい前のパソコンです)だった私のパソコンが、夕方には、DELLの最新版のパソコンになっていた気分です。

長年にわたる、このコンプレックスの正体は、いったい何だったんだろう? って思うくらいです。

こんな簡単なことで絵が描けるようになるんだったら、学校の美術の先生は、もっとちゃんと教えてくれれば良かったのに! って美術の先生を恨んでしまいたくもなるくらい、ちょっとしたヒントで、絵はガラリと変わりました。

そして、それは私だけに起こったんじゃあなくて、参加者全員にその変化が起こったんです。

 

おそらく、私は35年ほど前に、何か自分の絵について、ちょっと傷つく出来事があって絵を描くことが嫌いになり、そして、それがいつの間にか「私は絵を描くのが下手な人間だ」「10分以上、絵を描き続けるのは苦痛」「私の絵は人には見せられない、見せたくない」という信念体系を作っていたんじゃないかと思います。(あまりに、子どもの頃からそう思っていたので、もう覚えてないんですが)

 

7年で全身の全ての細胞、骨も髪の毛も全て7年間で入れ替わって、8年前の私と今の私は肉体的には全く別人だというのに、どういうわけか、そのコンプレックスだけはそのままずっと新陳代謝することなく、ずっと同じモノを引きずってしまってたんですね。

 

ずっと、自分を「絵が下手な私」と評価し続けてきたワケですから、私は実際、その通りの「下手な絵」しか描くことができなかったんです。


それが、ちょっとしたヒントで、アレ?と思う間もなく自分の絵が変わり始めると、私の35年間の信念体系はみごとに消えてなくなり、10分どころか5時間も6時間も絵を描き続けることができるようになってました(参加者の中には、10時間以上、絵を描き続けていた人がいました!)。そして、子どものように「絵を描いている瞬間」を楽しめるようになりました。

 

人の心が変わるのに、時間も必要なく、年齢も関係ない、って、今は思います。


スタッフに私が描いた絵のスケッチブックを見せたら「菜穂子さんは、もともと、本当は絵が上手だったんじゃあないの?」って言ってくれたスタッフがいました。


たとえ、そうだったとしても、その事実を、私はこの年齢になるまでずっと気が付いてなかったことになります。それどころか、全く正反対の評価を自分に下していたことになります。


ワークショップの先生は、全ての人は、みんな内にアートの才能を持っている、と言いました。それが開花してないだけで、本当は全員がアートの才能があると言ってました。

1週間前だったら同意しなかったと思いますが、今は、そう思います。

 

今回の私が参加したワークショップの参加者は17~20名くらいでした(日によって参加者の数が変わったので)が、初日の自己紹介のときは、多くの人が、「おそらく自分がこの中で、一番絵が下手な人間だと思う」と言ってました。でも、最終日の挨拶の中では、誰も自分が、絵が下手だと思う人はいませんでした。それどころか、全員が絵を描くことを楽しんでました。


私は今回のことで、まだ言葉ではうまく説明できませんが、多くのことを学びました。

 

でも、今ここで言えるのは、


「行動しなければ変化は起こらない」
「ホンノ小さな変化が、自分の内的世界を変える」
「誰もが眠れる才能を持っている」

ってことでしょうか。


 

先週、ケイシーリーディングに出てくるイエスの言葉を紹介しました。

「種を蒔く人は、種を蒔きに外にでていく」と。


あなたは、自分の何を変えるために、外に出ていきますか?
 
あなたが起こしてくれるのを、「何か」は、ずっと待っているかもしれません。私の中に眠っていた「絵を描く喜び」がそうだったように。


 

 

それではまた!

(有)テンプルビューティフル メルマガ9号  2006年03月25日配信

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